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敵は本囶寺にあり!!!

名古屋の中心街だと絶対分からない忍者的歴史秘話を。ふふふふ。

親鸞の流罪ルートは春なので雪を避け、北陸でなく三河ルートである!

そもそも親鸞が越後の国府に流された時、北陸を通ったことはありえない。東海地方を経由したに決まっているのである。

なぜならば、流罪になったのは下記の正明伝のとおり春であって、3~4月に北陸の加賀から富山を通ることは、国境の豪雪によって、鎌倉時代には不可能だからだ。

下の写真は、先週に登った岐阜県と長野県の境目にある標高2191mの中央アルプス最南端の恵那山の登山道から見たものだが、上に見える盆地が飯田盆地で、そこにある天台宗の寺は元善光寺である。恵那山登山道は天台修験の道場として平安時代に開かれた。もともと長野市にある善光寺阿弥陀の一光三尊仏は、飯田の元善光寺にあったものを頼朝の時代に諏訪湖経由で移したもの。越後に抜ける近道は疑いなく三河から信州に抜けるルートである。

f:id:daitoa:20160703163758j:plain恵那山でも山の雪が溶けるのは5月のゴールデンウィークであることを考えると、信州どころか三河から一旦関東に向かった可能性すらあるが、麓の雪はもっと早く融けるので、3月に飯田経由ならば通行可能である。これが中央本線が走る木曽福島経由だと、御嶽山の麓を超えることになり、残雪に加えて諏訪盆地手前が断崖が多く危険で、これまた通行困難である。

中央自動車道が、恵那山トンネルの部分で、雪を避けるため、中央アルプスより東南の飯田盆地に抜けていることを忘れている人は結構いるものだ。

 

三月十六日の午時、源空上人華洛を出て配所に赴たまう。罪名藤井元彦、謫所南海道四国、法算七旬五、追捕検非違使宗府生尚経、送使左衛門府生武次なり。同十六日卯初刻、善信聖人出京なり。これ空上人いまだ都にまします内に、片時も先立て洛を出んとて、兼て迭使の許へたのみたまえばなり。罪名藤井善信、謫所北陸道越後国頚城郡国府、法齢三十五歳、投非違使府生行連、送使府生秋兼とぞ聞えし。(親鸞上人正明伝より)